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M物語(TSF小説)

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顔の無い肖像画 第1章 夢(1)

  16, 2017 20:26
顔の無い肖像画 第1章 夢

目の前が黒い絵の具で塗り固められた部屋の中、瑞穂は椅子に座らされていた。
部屋が広いのか狭いのか、椅子から立ち上がるどころか身動きすら出来ない彼
女には予測もできなかった。静まりかえった部屋には彼女自身の心臓の高鳴り
だけが響いていた。

(そこに居るのは誰?)

真っ暗な闇は微かに感じる人の気配を遮っていた。その者は瑞穂を鋭い視線で
突き刺しているのだ。少なくともそう彼女は感じていた。

心臓の鼓動はしだいに大きくなり、ゆっくりした重低音からアップテンポな高
音へと変化した。

(いつもの夢?)

瑞穂がそう気がつくと部屋中を目覚まし時計の音が駈け回っていたのである。

(ジリジリジリ・・・・)

「また、同じ夢か・・・」

石原瑞穂、20歳。彼女は東京のT芸術大学に通う花の女子大生で、18歳の
時に米沢より上京し都会の安アパートに一人で住んでいるのである。小さい頃
から両親と暮らしていた瑞穂は一人暮らしに憧れ東京の大学を受けたのであっ
たが、幸運にも難関とされていたT芸術大学に合格したのだ。

しかし、一人暮らしも始めの頃は親の小言からの開放感を満喫していたのだが、
二年も経つとそれも薄れ、逆に人恋しくなるようになっていた。

「いけない!こんな時間だわ」

瑞穂は食事も摂らずに手早く身支度を終え、安アパートを後にした。
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午前中の講義を終えると瑞穂は親友の堺恵子と今日初めての食事を摂りに大学
構内にある食堂へと向かった。正午にはまだ早い時間の為か食堂内は思ったよ
り閑散としていた。

恵子との取り留めのない話をしながら、瑞穂はいつも午後の授業までの時間を
ここで過ごすのである。

「ごめん。今日はちょっと用事があるんだぁ」
恵子が食事を終えると瑞穂に告げた。

「えっ、そうなの?午後の授業は?」
「今日はパス!」
「あれあれ・・サボリか。笑」
「ちょっとね」
「怪しいなぁ~」
「今度、ゆっくり話すね。今日は時間がないから・・・」
「はいはい。頑張って来て」
「了解!」

なにを頑張るのか知らないが、恵子は足早に食堂を後にした。一人取り残され
た瑞穂は時間を弄ぶように食堂内を見回した。

彼女は暇な時、人間ウォッチをして過ごすことが多い。学食内は以前と閑散と
していたが、それでもいくつかのグループが談話をしながら食事をしていた。
中には瑞穂のように一人で食事をしている者もいたが、殆どの場合、書物など
を手にしていた。

(あれ?)

数人のグループとグループの間に一人、食事もせずにずっと彼女を見つめる男
性に目が止まった。

(私を・・・見てる?)

瑞穂は自分の後ろを振り返ったが、男性が注目しているだろう対象は見当たら
なかった。

もう一度、男性に視線を戻したが、依然として瑞穂の方を見つめているのであ
る。瑞穂は目のやり場に困った。彼女はしかたなく午後の授業で使う参考書を
バックから取り出し目をその本の上に落すことにした。

本を見ながらも瑞穂は男性の視線を感じ続けたのである。そう、どこかで感じ
た視線であった。最近、何度も感じている視線。夢の中の視線。
そう気がつくと、今度は心臓の鼓動が高鳴りだした。

(ドキッ・・・ドキッ・・・ドキッ、ドキッドキドキ・・・)

瑞穂は心臓の高鳴りが止まらないことに不安を覚え。まだ、時間は早いが食堂
を出る決意をし本を閉じた。その時、後ろで男性の気配を感じたのである。
金縛りにあったような感覚が彼女を包んだ。

(えっ?何?)

「石原瑞穂さん?」
「えっ?」

瑞穂が振り返る。
「あっ、はい」

そこには、座っている時には気がつかなかったが、180センチ以上はあるだ
ろうか?先程まで離れた席から瑞穂を見詰めていた男性が不器用な笑みを浮か
べて立っているのだった。

「ちょっといいかな?」
「前にどこかで会いました?」
「いや、はじめてだよ」
「なんで私の名前を?」
「友達に聞いたんだ」
「えっ?」
「先日、キミを見かけて・・・」
「・・・・・・・・・」
「ストーカーじゃないよ」
「・・・・・・・・・」

「僕の名前は竹中尚、この大学の四年なんだ」
「そうですか・・・・」

瑞穂は胸の高鳴りを隠そうと全身にバリアーを貼っていた。

「突然だけど、頼みがあって」
「えっ?なんでしょう?」
「石原さんに僕の卒業作品のモデルになってもらいたくて」
「?・・・・」
「突然、で変な奴だと思われることは、十分承知の上であえてお願いしてる」
「私がモデルなんて・・・」
「そんなことないよ。石原さんでなくては駄目なんだ」
「私、自信ないし」
「大丈夫」
「・・・・・・・」
「お礼もするから」
「でも・・・」
「いいよね。今日の夕方、6時に正門で待ってるから」
「駄目です」
「絶対に待ってるから」

そう言うと竹中は早足で学食を出て行ってしまったのである。瑞穂は狐に摘ま
れたように呆然としていた。

(冗談よね?)

「よっ!」
気がつくとクラスメートの飯田久美子が目の前に居た。

「あっ、こんにちは」
久美子は恵子程付き合いがあるわけではないが、午後の授業を一緒に受けてい
るのである。

「ちょっと早く、来てしまったわ」
「そうなの?」
「ところで・・・瑞穂、竹中さんを知ってるの?」
「えっ?いえ」
「今、なにやら話ししてたでしょ?」
「そうだけど。よく知らない」
「そうなんだ?でも、あの人は天才みたいよ。この大学期待の星だって」
「??」
「今年のクレア賞で新人賞を取った人」
「そうなの~?」

クレア賞と言えば世界的な規模で実施される美術コンテストである。
「知らなかったの?」
「クレア賞を日本人が取ったというのは知ってたけど、それがあの人だとは」
「おいおい」
「そう言えば・・・」

やっと瑞穂も思い出した。確かに竹中尚であったのである。

「で、なにを話してたの?」
「うん・・・卒業作品のモデルになってくれって」
「え~ぇ、それってすごいことかもよ」
「きっと冗談よ」
「でも、天才は何を考えてるかわからないから」
「おい。どう言う意味じゃ!」
「あはは、彼も男だから、、ナンパかもね」
「ナンパかぁ」
「そうそう・・ヌードとか」
「げっ、パスパス」
「でも芸術家はヌードに偏見をもったら駄目でしょ?」
「それはそうだけど、自分が描かれる立場にはなりたくないわ」
「そうね。私達は描く側よね。笑」
「でも、男のヌードを描くのもちょっと」
「そうなんだ?私ならバッチリ、OKだけどなぁ」
「あは(笑)」

瑞穂は自分がヌードにされ、竹中からの強い視線で見つめられることを想像し
ていた。そして熱いものが込み上げてくる自分に気がついたのである。

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